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METセミナー 01

23日はMETセミナーがありました。

今回は一念発起して受講しました。
だって、METは骨格調整や筋肉調整には欠かせない手技だから。
最初から言われてきたのだけれど
それがこの期に及んでようやくわかってきたという…
遅っ!


当日は岩手県盛岡から2名の開業医の方、
ピラティス指導者が2名、
整体院で働いている方、
そして卒業生のSさん、Aさん、あわせて8名が参加。
調整ベッドを4台使って練習するとなると
さすがにちょっと狭く感じますね。

自分の状況を考えれば、実習をどんどんやっていかないと。
また、スクール生=MET経験者ともなるわけで
これでいいのかと確認を求められたり(冷や汗たらたら…)
拙いながらも立ち位置のアドバイスや
実習内容の確認を一緒にやったりと、
ドギマギしつつ応対したりして。
おかげさまで自分の理解内容を確認したり
整理することができたような気がします。

実習内容は、まずは骨盤調整から。
そして梨状筋、腸腰筋、四頭筋、腰椎、
膝、胸椎、肩、頸椎などを駆け足でやりました。

骨盤調整は、ようやく整理できてきたみたい。
なんかホッとしました。
でもこれは基本中の基本ですからねぇ。
まだまだ心許ないと言った方がよいのかも…。

いかにMETの考え方やその有効性を理解していても
患者さんの体の状態を診て判断できなければ
宝の持ち腐れになっちゃいますからね。

実際に体に触れたり動きの状態をみるときに
何を、どこをみて、どのように判断するのか。
それを決める下すのは自分です。



セミナー終了後も皆でしばらく居残り練習をしていました。
2時間くらいはしていたのかなぁ。
盛岡の人達から操体法について
ちょこっとだけ解説をしてもらったり。

先生が説明されていたように
全体をみる東洋的視点の操体法
特定の部位を狙ったりもする
どちらかといえば対処法色の濃い西洋的視点のMET
とでもいう印象を受けました。
ちなみにかれらは
METだと(操体法よりも)患者さんの負担が
さらに軽くなる(動きが小さいので)点を評価していました。
より有効な技法としていかしていきたいそうです。

このように、セミナー自体も学ぶことが多く、
また外部の実務経験者という刺激もあって
なかなか得がたい経験をすることができたかと思います。

それと番外ですが、
左右の腕の上がり具合を検査していたときのこと。
先生の判定とわれわれの判定が違ったのは
よいヒントになりました。

すぐにはわからなかったけれど
後になって先生がどこをみていたのかがわかりました(ような気がします)。
なぜあの判定が出てきたのかもわかります。
先生の判定の根拠が想像できると、
ようやく先生の診方がわかってくるという…。

動作の診方はなかなか難しいぞ。
起点から終点までの動きの流れをみているのを忘れるとダメ。
左右差とは終点の位置関係だけではないということ。
動き全体をみることが重要なんだということ。



.24 2009 セミナー・勉強会 comment0 trackback0

呼吸の解剖生理学セミナー

Y先生による解剖生理学シリーズ。
今回のテーマは呼吸。

じつは過呼吸症候群を患っていたことがあるので
呼吸にはひじょうに関心が強いです。



   外呼吸:大気中の酸素を体内に取り込む体の作用
   内呼吸:細胞内で生じる化学反応(代謝)


肺…ガス交換(酸素⇔二酸化炭素)のための器官
  全身の血液が必ず通る臓器
  毛細血管のかたまり

☆肺動脈には酸素に乏しい血液が
 肺静脈には酸素に富む血液が流れる
     ↑
  肺のはたらきを考えれば当然だが
  一瞬間違いじゃないかと思ってしまったり…

肺胞は弾性腺維でできている
ガス交換のための活動も
伸縮する動きやすい筋肉とは違うので
肺組織に負担がかかりやすい
 =肺胞が働きにくくなる→肺気腫など
  60歳を越えると肺ガンになりやすくなる

肺の上部は鎖骨よりも上に位置する
前面…TH7、後面…TH10
伸縮する横隔膜とともに動く


☆食道と気道が交わっているからしゃべれる
  →声は息
 食道と気道が交わらなければむせない


☆顔は内臓の筋肉(不随意筋)で動いている
   →意志でコントロールできない=嘘がつけない
  *表情には正直な感情があらわれる!?         
    →魚の呼吸はエラで行うが
     人間ではエラの筋肉(不随意筋)が
     顔から咽喉にかけて分布するように進化した


☆人間が呼吸をするのは
 首から移ってきた骨格筋を使っている
 骨格筋は常時動かなくてもよい筋肉なので
 使えば疲労する→休養(息抜き)が必要
  *平滑筋は疲れない

☆呼吸筋の主体は横隔膜
  *命にかかわる重要な筋肉
     →横隔膜の停止=死亡

☆呼吸のコントロール
 ヒト・トリ・クジラは意識的に呼吸ができる

不随意運動としての呼吸運動の中枢は脳幹にあるが
人間、鳥類、水棲哺乳類は大脳から脳幹の呼吸中枢に
神経投射されている

脊髄反射でないものは随意運動となり
吸気をメインにつかさどる


呼吸法と呼ばれるものは呼気をコントロールしている
   →セロトニンの血中濃度が活性化する




[きょうのひとこと]

「表情には腹の内があらわれる」
これは覚えておこうと思う

過呼吸症候群を発症していた頃は
首、肩、背中とガチガチに固まっていて
苦しかったし、手足が冷たかった。
骨格筋を常に緊張させていたのだと思う。

発作前のヒリヒリするような緊張感と
発作後の無気力感、虚脱感。
ほんとにくたびれ果てていたと思うなぁ。
でも、なんでそうなったのかは
わからないけれど。

太極拳をやり始めてから
日常的な呼吸の仕方が変わったと思う。
ゆっくりで静かで深くなったような気がする。
深呼吸とは違う
深い呼吸ができているときは調子がよい。
精神的にも落ち着いているし。

いつもがそんな感じだといいのだけれど
まだまだ…
.27 2009 セミナー・勉強会 comment0 trackback0

アレクサンダーテクニーク W.S. (ブルース・ファートマン)

アレクサンダーテクニークのワークショップに行ってきました。
今回は初めてのワークショップで指導していただいた
I先生の師でもあるブルース・ファートマン氏が
2年ぶりに来日して指導されるというお知らせをいただき
参加させていただきました。


すばらしい経験をさせてもらいました。

いろんなしがらみから解放されて
人が開かれた状態になると
自然と笑みがこぼれ、
なにごとも肯定的にとらえられそうな
その心理状態はまるで雲の上にいるみたいな?
軽くて柔らかくて…
歩いているのにスキップしてるみたいな軽やかさです。
ただ高揚してるというのとも違って、
静かで落ち着いているのに活気に満ちているような?
う~ん、表現しにくいですねぇ。
自分がやさしくなったような気もしたかなぁ。

それにひきかえ、いつもの自分はどうかといえば、
何かに遠慮していたり、自信なさげだったり
怯えたり、不安だったり。
あるいは逆に過信してたり傲慢だったりと、
何かにつけ対抗しているよなぁと気づかされるわけで。


9:30から始まったワークでは、まず3人一組になって
ストレスの仕組みとその解放についての
ワークから始まりました。(以下、簡単に内容を紹介)

3人が横に並び両側から真ん中の人に向かって
圧力をかけます。わたしは右端でしたので
左側で真ん中の人と接しています。
真ん中の人がそれに対抗しようとして
力を入れてくると
さらに圧をかけやすくなる気がしていました。

次に真ん中の人が対抗することをやめて
圧を受けいれるようにします。
すると途端に圧をかけにくくなりました。
圧をかけるべき場(対象)がなくなったというか
自分でバランスを崩して倒れそうな感じがして
むやみに圧をかけられなくなったのです。
なんでだろう?


次にブルースのハンズオンを受けたときのこと。

じつは太極拳導引を学んでいるとき
先生が「目標は赤ちゃん(のような状態?)」と
言われることがあるのですが、
これまでは赤ちゃんを観察しながら
イメージするくらいしか方法がなかったんですね。
ところが、です。
ブルースのハンズオンを受けているときに、
突然、自分が赤ちゃんだった頃の感じが蘇ったんです。

あたたかくてゆったりとした状態で
やわらかいものにふわっとくるまれているような。
それをとても心地よく思っていて
穏やかで眠っているのか起きているのかも
定かではないような。

でも、赤ちゃんがいつもこんな状態にあるとは思えません。
たぶんこれはいま、ブルースの手に反応してる部分が
いままでの経験のなかで、よく似ていると思われる感覚を
呼び起こしているんだと思います。
言い換えれば、それほどまでにブルースの手は
心地よく感じたということなのでしょうね。



最初はブルースがわたしという人間を
まるごと受け容れてくれているから
そのように感じているのかなと思いましたが、
わたしも彼のことを受け容れようとしていたことに気づきました。
初対面である緊張はあっても
すでに彼が危険な人ではないことを知ってたし
ワークの目的もおおよそ見当はついていたし。
じつはハンズオンを受ける前から
すでにハンズオンは始まっていたのかもしれません。


「慈愛」とは受容(受けいれること)ってこと?

自が他を飲み込んで消化吸収することではありません。
つまり自他はともに同時に存在しているけれど
違和感なく融合しているようにみえる、調和している状態。
対象あってこその慈愛なのではないかと。

慈愛の具体的な表現として
まっさきに浮かぶのは微笑です。
ワークを終えた後のみなさんをみていると
はにかんだり微笑んでるような印象があるのです。
たぶん表情筋って自然な状態にあるときは
笑ってみえるようにできているのかも。


そして外と自分の境界(膜みたいなもの?)が
かぎりなく薄くなっているというか
曖昧になっているみたいな気がします。
たとえば物を触ってみても異物感を感じないで
自分の一部のように感じられるとか。
ホント嘘みたいですけどね。
体験してみないと、なかなか伝わりにくい感覚ですね。

どうやら変化というのは
自分の内だけで起こっているものではないみたい。
もしかしたら外あっての内なのかも。
不思議な体験でした。


ちなみに今回は自己都合で
一日しか参加がかなわず、残念なことをしました。
それでも一度は参加を諦めたにもかかわらず
こうして参加がかなったのは縁の導きがあってこそ。
ありがたいことです。


.14 2010 セミナー・勉強会 comment0 trackback(-)

アレクサンダーテクニーク・イントロ・ワークショップ

スクール後はアレクサンダーテクニーク(AT)の勉強会がありました。
今回のイントロ・ワークショップの講師はYさん
(先生と呼ばないでと言われているので)。
Yさんはバッチフラワーレメディのセミナーでも
ご指導いただいていますし、
先日のブルースのWSでもお目にかかっています。

てあてスクールの勉強会としてのWSは2回めとなりますが
個人的には3回めでもあり、
WSにも少しずつ慣れてきたような…。

今回はいきなりイラストを描かされたので
ちょっと戸惑いました。
じつは、私にとって絵を描くことは鬼門であり
トラウマのようなものなのです。
いうなれば自分を不自由にするもののひとつ。

今回はこれについてはワークしなかったですが
絵を描かされるときに現れているであろう
体の反応なども検証してみたいような気もします。



それぞれのイラストを回覧したのですが
同じテーマでイラストを描いても
人はさまざまなイメージをもつことや
表現の仕方も一様ではないことを
改めて確認しました。
じつはこのワーク、
今回のWSテーマでもある「つながり」について
考えるきっかけづくりともなっていたのでした。


次はひとりずつハンズオン・ワークを体験。
人それぞれに感想は違うのですが
共通するのは
いままでとはちょっと違う“つながり方”を
体感していることかなぁ。

ある人はいつもと同じことが
まったく別の、初めてことのように感じると言うし、
ハンズオン後に立ってみたら
自分が地面(床部)を踏んでいるだけじゃなく
地面が自分の足裏を押し返しているような感じがする
という人もいました。
これまでも立つという行為は
足裏と地面が接している=つながっていたわけですが、
それはもしかしたら一方的なつながりだった?

複数の固有のものが存在しないと
つながれないということは頭ではわかっていても
現実の中ではつながっていることを
いちいち体感しようとはしていないのですね。
つながったりすることに慣れきってている、
思い込みだけで了解していることが
多いのではないかしらん。

自己と他者との関係も
似たようなものなのかもしれません。
たとえば思い通りにならない状況とは
自分の思いが通りにくいだけで
誰かの思う通りにはなっているのかもしれません。
いわば交通渋滞みたいなもの?

思いが通らないときは
もしかしたら通そうとした方向に
無理があったのかもしれないわけですよ。

アレクサンダーテクニークを通じて
自分の身体のなかにある交通渋滞やら
無意識のうちに自分を不自由にさせていること
クセになっている行為、考え方などに
気づかされるというか…自ら気づくのかな。
なんというか自分自身に対しても
謙虚になってくるような気もするかも。
余計なものを捨ててくると
だんだん選択肢が広がってくるみたい。
ちょっと矛盾してるみたいに思うかもしれませんが
そんな気がします。


アレクサンダーテクニーク
これからも機会があれば体験してみたいと思います。
.22 2010 セミナー・勉強会 comment0 trackback0

METセミナー 02

25日はMETセミナーでした。
12月以来ですから約2ヵ月ぶりです。

スクールの授業のなかで
基本手技の他にもいくつかの手技を
教わっているわけですが、
なかでもMETは安全で
経験が浅いうちからでもそれなりに効果を出せる上に
基本手技とも相性がよいと、いいことづくめの手技です。
だからこそ、せめてこれだけでも卒業までには…
という思いが強くなってきます。


なかでも骨盤調整は効果が大きいと
自分の体でも感じています。
調整後に立ってみると
地面(床)と接する足裏の感覚がガラッと変わっています。
地に足が吸いついてるみたいにフィットしています。
そうすると脚部も踏ん張ろうとしなくなり
足首、膝、股関節も固まらない感じに。

知らず知らずのうちに身につけてしまった
クセのある身体の使い方や姿勢を
リセットしたような感覚になります。

技術の習得目的で練習しつつ
こうした体感を積み重ねてきたわけです。
私はもともと故障持ちでしたから
余計に強く意識したり感じたのかもしれませんが
とくに違和感のない健康な人だったら
リフレッシュしてブラッシュアップして
技術も身につけて卒業していくってことですよね。



ちなみに今回は太極拳導引の練習仲間でもある
PTさんが、
ちょうど骨格調整専科を受講中ということで
セミナーにも参加してました。

彼女が骨格調整専科を
受講するきっかけとなったのは
あら木先生の施術を受けたからです。
そしてあら木先生の整体を
受けるきっかけとなったのは
わたしがてあて整体スクール
通っていたからです。

わたしにはわからないけれども
スクールに通い始めてから
練習中のわたしの身体つかいなどが
メキメキ変化していくのをみて
“これは!?”と思ったらしいです。
類は友を呼ぶってことですかね。

先日のアレクサンダーテクニークセミナーの
テーマではないですが、
これもまたひとつの「つながり」ですね。

ここへきて、自分の周りのものごとが
少しずつつながり出してきているみたいです。

.25 2010 セミナー・勉強会 comment0 trackback0
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プロフィール

ゆぇふぁ(月華)

Author:ゆぇふぁ(月華)
10代で過呼吸症候群を発症、自分の体や心と向き合う「からだまなび こころまなび」が始まりました。
当初は病を克服することが治癒だと信じてました。しかし思いのほか病との付き合いが長引くこととなり、しだいに克服への気力も萎えて心身ともに諦め始めた自分に絶望。引きこもり状態を経て再び光りを見出したときには発作は起こさなくなっていました。

長い時間をかけてようやく覚りました。病は健康の一つの姿(状態)にすぎないのではないかと。病が問題なのではなく、病になる自分を認めたがらない気持ちがよけいな苦悩を招くのではないか。そんな気持ちを捨てられたなら、ありのままの自分を受けいれられたなら、もう少し自由になれるのではないかと。その思いはその後、太極拳導引と師に出会ったことで確信へと変わりました。
太極拳導引からは、これまでの学びを日常生活に活かし実践するための「具体的な方法と考え方(養生)」を学んでいます。

養生で求める状態は中和です。和みはさまざまなバランスがととのっている状態(調和)です。自分自身のバランスだけでなく、自分と自分を取り巻く環境(他者)とのバランスも意識して自らをコントロールすることを、少しずつ身につけていくことかと思います。
これまでは自分をととのえることばかりに目を向けていましたが、もう少し視野を広げながら養生と取り組んでみたいと思うようになり、それなら身近で興味もあった整体を学んでみようかと。
そして縁あって『てあて整体スクール』にお世話になることに…

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