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基本手技01

5月に入って基本手技がスタートしました。


が、またまた出遅れました…。

仕事と脚の怪我(火傷)の経過のせいで
初回欠席、そして本来ならば2回めとなる授業を
治療後に遅刻見学という形での参加に。

来週は施術だけでもできるくらいに
快復していることでしょう(と思いたいです)。



そしてやはり見学するだけでも学びはできます。
同じように先生から学んでいるのに
ひとりひとりの個性が現れてくるのはおもしろいですね。
技術あるいは意識などの進化の過程段階によって
少しずつ違いがあるのは自然なことですが、
私が感じたのはたぶん、そういう側面よりも
その人本来のカラーが練習段階から
すでに見え隠れしていることに感心したというのかなぁ。

生身が生身に触れ合うことで相互に反応している
命あるもの同士の交流を見ているような。
術者だけでは成立しないんだなぁということなどを
感じていました。

おもしろそうです。
なんてお気楽なことをいってられるのも
いまだけかも。
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.18 2009 基本手技 comment0 trackback0

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プロフィール

ゆぇふぁ(月華)

Author:ゆぇふぁ(月華)
10代で過呼吸症候群を発症、自分の体や心と向き合う「からだまなび こころまなび」が始まりました。
当初は病を克服することが治癒だと信じてました。しかし思いのほか病との付き合いが長引くこととなり、しだいに克服への気力も萎えて心身ともに諦め始めた自分に絶望。引きこもり状態を経て再び光りを見出したときには発作は起こさなくなっていました。

長い時間をかけてようやく覚りました。病は健康の一つの姿(状態)にすぎないのではないかと。病が問題なのではなく、病になる自分を認めたがらない気持ちがよけいな苦悩を招くのではないか。そんな気持ちを捨てられたなら、ありのままの自分を受けいれられたなら、もう少し自由になれるのではないかと。その思いはその後、太極拳導引と師に出会ったことで確信へと変わりました。
太極拳導引からは、これまでの学びを日常生活に活かし実践するための「具体的な方法と考え方(養生)」を学んでいます。

養生で求める状態は中和です。和みはさまざまなバランスがととのっている状態(調和)です。自分自身のバランスだけでなく、自分と自分を取り巻く環境(他者)とのバランスも意識して自らをコントロールすることを、少しずつ身につけていくことかと思います。
これまでは自分をととのえることばかりに目を向けていましたが、もう少し視野を広げながら養生と取り組んでみたいと思うようになり、それなら身近で興味もあった整体を学んでみようかと。
そして縁あって『てあて整体スクール』にお世話になることに…

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