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アレクサンダーテクニーク・ワークショップ 03

今回の勉強会はアレクサンダーテクニーク(AT)。
講師は前回に引き続きYさん(先生と呼ばないでと言われているので)

前回のテーマは「つながり」でした。
そして今回は「関係」。

ゲームワークでは参加者でペアをつくって
リーダー役・フォロアー役を交互に体験してみたり、
自分の“あたま”と“からだ”の関係がどんな感じなのかを
各自で観察してみたり。
日常的な動作を取り上げたアクティビティワークもやりました。



☆リーダーとフォロアー

2人で組んだゲームワークでは
フォロアーは目を閉じて導かれながら歩く役回りですが
リーダーの方はフォロアーに対して2通りの接し方をします。
 ひとつは相手のことなどお構いなしに自分本位に歩き回る
 もうひとつは自分のことよりもまず相手、相手のことしか考えないで歩き回る
 

それだけの違いなのですが、リーダー・フォロアーともに
ずいぶん大きな違いがあることを感じました。

フォロアーのときは受け身ですから
一方的に引きずり回される状況では手をつないでいるにもかかわらず
不安感ばかりが大きく、相手との距離を遠く感じました。

次に相手が自分の存在を気遣って歩き回るときは
つないだ手を通して相手の好意を感じました。
相手に対する信頼感が芽生え、相手との距離も縮まったように感じました。

リーダーのときは、自分本位で歩き回ることは難しかったです。
難しかったというより無理があるなと感じました。
たぶん手をつないでいたからだと思います。
手から伝わってくる相手の存在感をどうしても無視できませんでした。
無理やり強引にやることになり疲れました。

それだけに、相手主体で歩くシーンに変わったときにはホッとしました。
ただ、自分を忘れてしまうくらい相手に意識を集中していたはずなのに
リードしているのは相変わらず自分であることに気づいたら、
どんなに相手本位とはいっても自分が消えてしまうわけではなく
主体も依然として自分にあるようにも思えてきて。
なんというか…相手を自分の一部として取り込んだ(包み込んだ)ような感じに
思えてきました。
でもそれは自分が相手を支配してるわけではなくて
融合とでもいうような感じなのかなぁ。



☆自分の頭と自分の体との関係

初っ端に指名されてしまい
あまりまとめたり振り返る時間もなく、いま現在の状況だけを話しました。
具体的には、腱鞘炎とか寝不足とか父の介護のことなど
自分にとって不安なことや好くないことに囲まれているために
疲れて休みたがっている体に向かって
頭の方ががなんとかなだめすかしつつ
しのいでいるような感じであることを話しました。

前のワークにたとえれば、
無意識のうちにリーダーは頭、フォロアーは体みたいに考えていたのかなぁ。
で、頭のリードの仕方なんですが、
一応は体の言い分を聞く耳は持ってるんだけど
受けいれることはしてないみたいな状況かと。
でも、話をしていたときの自分は
どちらかといえばリーダー格の頭に対して批判的なというか、
体側に立って話していたようにも思えたり。
やはり頭も体も、どっちも自分ですからね…。
できるだけ公平な立場、つまり、客観的に話そうとしてたのですが
聞いている側にはどのようにみえたのでしょうかねぇ。


また、関係ということでいえば
対象に向き合う自分の考え方や感じ方、
ものごとへのアプローチの仕方しだいで
その関係性はどのようにでも変わるってことは、
すでに情報としては持っていたはずのものなんだけれど、
自分としては、現実の前ではなかなか活かしきれていないと
感じていたりします。

たとえば、ラクになったと感じるのは
その直前まではラクじゃなかったからだし
ラクじゃないと感じるのは
それまでがラクだったということです。
だからラクな感じもラクじゃない感じも
それを感じるためには
どちらの存在も欠かせないものなわけですよね。
なのにどうして苦しんだり悩んだりするんだろうって…


☆ちっちゃな気づき

アクティビティワークで
Yさんが受け手の人に話しかけながら
働きかけているのを傍でみていると、
受け手が変化すると
Yさんにも変化が現れていたみたいでした。
それぞれがいまの状況を受けいれ合ってるからだと思います。
つまりそこには互いを了解しあうというか
共有している何かがあるわけでしょ?
そしてそれをみてて、
すごいな~と思っている(受けいれてる)自分がいるわけです。
もしかするとわたしにも変化が起きていたのかも。
二重三重に共有空間が重なってるというか
入れ子みたいになってるというのか…
だんだんわからなくなってきたので
これでオシマイ。


今回は個人ワークを受けることはなかったのですが
なかなかにおもしろかったです。


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.27 2010 セミナー・勉強会 comment0 trackback(-)

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プロフィール

ゆぇふぁ(月華)

Author:ゆぇふぁ(月華)
10代で過呼吸症候群を発症、自分の体や心と向き合う「からだまなび こころまなび」が始まりました。
当初は病を克服することが治癒だと信じてました。しかし思いのほか病との付き合いが長引くこととなり、しだいに克服への気力も萎えて心身ともに諦め始めた自分に絶望。引きこもり状態を経て再び光りを見出したときには発作は起こさなくなっていました。

長い時間をかけてようやく覚りました。病は健康の一つの姿(状態)にすぎないのではないかと。病が問題なのではなく、病になる自分を認めたがらない気持ちがよけいな苦悩を招くのではないか。そんな気持ちを捨てられたなら、ありのままの自分を受けいれられたなら、もう少し自由になれるのではないかと。その思いはその後、太極拳導引と師に出会ったことで確信へと変わりました。
太極拳導引からは、これまでの学びを日常生活に活かし実践するための「具体的な方法と考え方(養生)」を学んでいます。

養生で求める状態は中和です。和みはさまざまなバランスがととのっている状態(調和)です。自分自身のバランスだけでなく、自分と自分を取り巻く環境(他者)とのバランスも意識して自らをコントロールすることを、少しずつ身につけていくことかと思います。
これまでは自分をととのえることばかりに目を向けていましたが、もう少し視野を広げながら養生と取り組んでみたいと思うようになり、それなら身近で興味もあった整体を学んでみようかと。
そして縁あって『てあて整体スクール』にお世話になることに…

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