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基本手技06

20日は世間的には祝日でしたが
スクールは開講。

基本手技6回は
仰臥体の後半部を教わりました。

【左右鎖骨下】

顔を手拭い等で覆う
鎖骨辺りに触れることを告げる
(いきなり触らない)
母指の先きを自分に向けるようにして
他の4指先を受者の胸に触れさせないようにする


【胸部】

胸骨の下部から上部へと当てる
(指先の向きに注意)
胸骨の左右際を当てる(下→上)

鎖骨下から胸に母指を上から下へと当てていく
(左3カ所・右3カ所)
女性の場合乳房を避けること


【頭部】

頭頂部から額へあてる
正中線から耳方向へ左右同時にあてる
(頭部の丸みにそわせるような感じで移動)

頭部の横側の施術
(頭を左、右とそれぞれの方向に若干回してから行う)

受者の目を庇うために片方の母指を置く
顔には触れないように

こめかみから円線状にあてていく
こめかみ→頬骨
こめかみ→下顎骨
こめかみ→耳前
こめかみ→耳の裏


【頚部】

揉まない(指を左右に動かさない)
姿勢は胡座をかき
腿で肘・前腕部辺りを支えるようにする

首の後ろ(頭骸骨下部)あたり(風門・天柱穴など)
指をそろえた状態であてる
頸椎の左右の側からそれぞれ指をあてる
(指をあてる側に頭を若干傾けぎみに)
首の付け根・前・頭部の3方向に
頸椎を引っ張るように指をあてる
頸椎の左右両側から頸骨それぞれを揺らすかのように
交互に指をあてていく

頭部を掌で包むようにして
顔の角度を変えないようにして持ち上げ
頸椎のひっかかりを探る
ひっかかりがあればその部位に指をあてていく

【叩打】
軽く背中を叩いて終了



【きょうの感想】

先生の手技を受けつつ解説をきくのは
まだ慣れない。
手技の様子がみられないので
受けていた感覚を頼りに想像しているので
母指の当て方や指先の方向など
あるいは施術の姿勢など
想像もつかないことがあったりする。

しかし太極拳と同じく
外見を真似て得られるものは初期の段階で
本質は内部の動きだったり
症や変化の捉え方(考え方)だったりすると思うので
手技を受けられるチャンスは好機なはず。
身体にその感覚を残しておければ
やがて理解が追いついてきたときにいきてくる。

何にしても機会を得られるのは幸運なのだ。
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.21 2009 基本手技 comment0 trackback(-)

打ち上げ!?

先週行われた勉強会(アレクサンダーテクニーク)の
打ち上げがありました。
授業後にあら木先生から参加できる人は参加してとの
お誘いがあったので
せっかくなのでとWさんとともに参加表明。

夕方、集合場所に集まってみると
あら木先生と先生の師であるU先生とWさんとわたしの4名だけ!?
お話を聞く限りでは皆さんお酒をかなり嗜まわれる方々のようです。
ありゃ、これはもしかして
打ち上げという名の暑気払い(飲み会)でしたか。

スクールに入学してまだ数ヶ月、
いきなり打ち解けた雰囲気の飲み会の席に
ちょっと戸惑いつつもお邪魔してしまいました。



U先生のお話で印象に残ったいくつかの点
まずは手技の基本となる
手指の2つの型のちがいについて。

ひとつは指先でつまむような形になるもの。
もうひとつは母指以外の指が屈曲していても
掌は伸びているので指でつまむような形にはならないもの。
あら木先生の指は後者だと指摘されてました。
なるほど…。

また、U先生にとっては
「押す」ではなくて「圧す」なのだそうです。
U先生の中では、この二つには明確な違いがあり
目的に応じて使い分けされているというのでしょうか。
学び始めたばかりの身には、わかりかねる内容なのですが
後々この日の内容を思い出して
ああ、こういうことだったのかと納得するだろうと思うような
ありがたいお話のオンパレードでした。



で、ここからはひとり総括なんぞをば…

AT(アレクサンダーテクニーク)も整体も
アライアメント(方向性)の意識がカギとなります。
そこに太極拳の考え方にも何かしら共通するものを感じます。

後天的に身につけたような習慣化した身体操作ではなく
からだ本来が持っているはずである
自然な身体操作を取り戻すことを目指している
ことにあるような気がします。

それは自らの意志で制御しているかのようでいて
じつは自然界の意志(理?)によって制御されている
とでもいうような…。

いかなる状況のときでも自分の状態を感受できていれば
意識と肉体とのバランスがととのっていると
いえるのではないか。
これが平衡ということかと。
例えば自転車を乗りこなしているような状態。

安定は不安定のなかにこそ存在するように
自由は不自由のなかで意識されるもの。
自由であれば自由を意識することはないのでは?
したがって放松もまた
緊張の中において意識されるものかと。

集中と分散は概念としては対極にありながら
感覚的にはひじょうに近い
(もしかしたら似ている?)ところにあるものかも。

.21 2009 「からだ」のこと 「こころ」のこと comment0 trackback(-)
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プロフィール

ゆぇふぁ(月華)

Author:ゆぇふぁ(月華)
10代で過呼吸症候群を発症、自分の体や心と向き合う「からだまなび こころまなび」が始まりました。
当初は病を克服することが治癒だと信じてました。しかし思いのほか病との付き合いが長引くこととなり、しだいに克服への気力も萎えて心身ともに諦め始めた自分に絶望。引きこもり状態を経て再び光りを見出したときには発作は起こさなくなっていました。

長い時間をかけてようやく覚りました。病は健康の一つの姿(状態)にすぎないのではないかと。病が問題なのではなく、病になる自分を認めたがらない気持ちがよけいな苦悩を招くのではないか。そんな気持ちを捨てられたなら、ありのままの自分を受けいれられたなら、もう少し自由になれるのではないかと。その思いはその後、太極拳導引と師に出会ったことで確信へと変わりました。
太極拳導引からは、これまでの学びを日常生活に活かし実践するための「具体的な方法と考え方(養生)」を学んでいます。

養生で求める状態は中和です。和みはさまざまなバランスがととのっている状態(調和)です。自分自身のバランスだけでなく、自分と自分を取り巻く環境(他者)とのバランスも意識して自らをコントロールすることを、少しずつ身につけていくことかと思います。
これまでは自分をととのえることばかりに目を向けていましたが、もう少し視野を広げながら養生と取り組んでみたいと思うようになり、それなら身近で興味もあった整体を学んでみようかと。
そして縁あって『てあて整体スクール』にお世話になることに…

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