スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)

打ち上げ!?

先週行われた勉強会(アレクサンダーテクニーク)の
打ち上げがありました。
授業後にあら木先生から参加できる人は参加してとの
お誘いがあったので
せっかくなのでとWさんとともに参加表明。

夕方、集合場所に集まってみると
あら木先生と先生の師であるU先生とWさんとわたしの4名だけ!?
お話を聞く限りでは皆さんお酒をかなり嗜まわれる方々のようです。
ありゃ、これはもしかして
打ち上げという名の暑気払い(飲み会)でしたか。

スクールに入学してまだ数ヶ月、
いきなり打ち解けた雰囲気の飲み会の席に
ちょっと戸惑いつつもお邪魔してしまいました。



U先生のお話で印象に残ったいくつかの点
まずは手技の基本となる
手指の2つの型のちがいについて。

ひとつは指先でつまむような形になるもの。
もうひとつは母指以外の指が屈曲していても
掌は伸びているので指でつまむような形にはならないもの。
あら木先生の指は後者だと指摘されてました。
なるほど…。

また、U先生にとっては
「押す」ではなくて「圧す」なのだそうです。
U先生の中では、この二つには明確な違いがあり
目的に応じて使い分けされているというのでしょうか。
学び始めたばかりの身には、わかりかねる内容なのですが
後々この日の内容を思い出して
ああ、こういうことだったのかと納得するだろうと思うような
ありがたいお話のオンパレードでした。



で、ここからはひとり総括なんぞをば…

AT(アレクサンダーテクニーク)も整体も
アライアメント(方向性)の意識がカギとなります。
そこに太極拳の考え方にも何かしら共通するものを感じます。

後天的に身につけたような習慣化した身体操作ではなく
からだ本来が持っているはずである
自然な身体操作を取り戻すことを目指している
ことにあるような気がします。

それは自らの意志で制御しているかのようでいて
じつは自然界の意志(理?)によって制御されている
とでもいうような…。

いかなる状況のときでも自分の状態を感受できていれば
意識と肉体とのバランスがととのっていると
いえるのではないか。
これが平衡ということかと。
例えば自転車を乗りこなしているような状態。

安定は不安定のなかにこそ存在するように
自由は不自由のなかで意識されるもの。
自由であれば自由を意識することはないのでは?
したがって放松もまた
緊張の中において意識されるものかと。

集中と分散は概念としては対極にありながら
感覚的にはひじょうに近い
(もしかしたら似ている?)ところにあるものかも。

スポンサーサイト
.21 2009 「からだ」のこと 「こころ」のこと comment0 trackback(-)

出遅れは、あせる気持ちが騒いでるだけ

先日の4日は今年最初の授業がありました。
ですが、欠席しました。

体調不良です。
前日の夜から下痢と発熱が。
鼻水が出ていたり背中に寒気を感じたりしていたので
おそらく寒邪に傷つけられたと思われます。
寒気と燥気が盛んな時期ですから。

年末はセミナーも授業も頑張りました。
しかも家電が次々に壊れたりして
買い替えのために量販店にでかけるなど
休む暇もなく過ごしていました。
しかも太極拳の教室も今年は早々と
稽古納めをすませて休みになってしまい
自分のペースを取り戻すきっかけもつかめぬまま
一気に年を越してしまったのです。

正月三が日を何とか終えたところで
力つきてしまったわけです。



授業再開となる日の朝、
スクール宛に欠席の連絡メールにも
「新年早々、出遅れてしまいました」と
書き込まずにはいられませんでした。


あら木先生からの返信には
追伸のような形で

《”出遅れ”てなんかいないですよ。
誰かと比べる訳じゃないんだから。
今年も頑張りましょう。》

と、サラリと諭されました。
いわれてみれば、自分でも
重々承知していることだというのに
何をそんなに焦りたがっていたのだろう…

.07 2010 「からだ」のこと 「こころ」のこと comment0 trackback0
 HOME 

プロフィール

ゆぇふぁ(月華)

Author:ゆぇふぁ(月華)
10代で過呼吸症候群を発症、自分の体や心と向き合う「からだまなび こころまなび」が始まりました。
当初は病を克服することが治癒だと信じてました。しかし思いのほか病との付き合いが長引くこととなり、しだいに克服への気力も萎えて心身ともに諦め始めた自分に絶望。引きこもり状態を経て再び光りを見出したときには発作は起こさなくなっていました。

長い時間をかけてようやく覚りました。病は健康の一つの姿(状態)にすぎないのではないかと。病が問題なのではなく、病になる自分を認めたがらない気持ちがよけいな苦悩を招くのではないか。そんな気持ちを捨てられたなら、ありのままの自分を受けいれられたなら、もう少し自由になれるのではないかと。その思いはその後、太極拳導引と師に出会ったことで確信へと変わりました。
太極拳導引からは、これまでの学びを日常生活に活かし実践するための「具体的な方法と考え方(養生)」を学んでいます。

養生で求める状態は中和です。和みはさまざまなバランスがととのっている状態(調和)です。自分自身のバランスだけでなく、自分と自分を取り巻く環境(他者)とのバランスも意識して自らをコントロールすることを、少しずつ身につけていくことかと思います。
これまでは自分をととのえることばかりに目を向けていましたが、もう少し視野を広げながら養生と取り組んでみたいと思うようになり、それなら身近で興味もあった整体を学んでみようかと。
そして縁あって『てあて整体スクール』にお世話になることに…

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最新コメント

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。